日本で唯一人しか味わえない
高さ250メートルから見た朝日と達成感
東京タワーの塔体塗装工事が行われるのは、東京タワーの営業が終わってからの深夜0:30。これは、もちろん東京タワーを訪れるお客様へ配慮をしてのこと。
「万が一お客様にペンキが掛かったら大変ですし、景観を損ねるということもありますから、作業は深夜から早朝にかけて行われます。もちろん東京タワーは通常営業ですから、作業は途中であっても終わりの時間はきっちりと守らなくてはなりません。また、電波障害の危険性、そして近隣への防音対策から、金属性の足場は使えません。ですから、昔よく使っていた間伐材を使用しています。最近では丸太を使うような現場がないので、全て買い取り。リースなら安いんですけどね(笑)。」
これら塔体塗装に使用される木材など重量物はケーブルクレーンでタワーに設置した仮設荷取り場まで荷揚げ後、全て人の手によって持ち上げられる。また、それ以外にも東京タワーだからこその苦労は多いとか。
「一般の建築現場では施工管理の仕事はかなり複雑です。が、塔体塗装に関しては、図面を見てどうのこうのというのは少ないですね。代わりに、例えば階段を一般開放するようなイベントが急に入ってしまい、予定していた箇所の塗装が行えなかったり、複数のアンテナや精密機器が設置されていますから、それらに充分気を付けながら作業を進めなくてはいけないなど、東京タワーだから必要となってくる工程の調整事項が多いのが特徴ですね」
観光名所、そして電波塔という役割を損なわせることなく、決められた時間内に塗装を終える。その為には、予算の管理から、作業自体の効率化、各作業における徹底したマニュアル管理、そして東京タワーとの折衝など、川俣さんの仕事は多岐に渡る。そんな中でも、川俣さんが一番念頭に置いているのが“安全”という二文字。
「いかに安全に作業を遂行するか。どんな現場でもそうだとは思いますが、特に東京タワーでは250メートルに及ぶ高さの範囲内での作業になります。ですから安全ということに関しては他の現場以上に気を遣っています。特に安全帯は、必ず2本使用し、移動する際には新しい安全帯をひっかけ一方を外すというように、常に一本はどこかに引っかけてある状態にしています。これはどんな低階層の作業においても、徹底して守るよう、現場全体に指示しています」
東京タワーの施工管理は、いわば無から有が生まれるような現場とは違う。建物の息吹が身近に感じられるのは、一般的な建築現場のほうかもしれない。それでも、この塔体塗装には大きな魅力があるという。
「やはり、タワー全体がキレイになっていく様を見る喜びや、工事が終了したときの達成感というのは何事にも代え難いものです。“あの誰もが知っている東京タワーをキレイにしたぞー!!”って(笑)。通常は、地上から職人たちの指揮を取るのが私の仕事ですが、一度、250メートルの高さまで上って、朝日を見たことがあるんですよ。最高でしたね。誰もが味わえるものではありませんから。あの瞬間、感動を経験できただけでも、施工管理という仕事に携わって良かったなと思いますね」
日本を代表する建築物の施工管理というのは、望んでもやれる仕事ではない。なれるのは唯一人。「それに選ばれただけでも、とても名誉なことだ」と話す川俣さん。施工管理は、技術や安全、環境面への配慮などすべてにおいて高い技術力に加え、実際に工事をする職人たちを束ね、指揮する高いリーダーシップが必要な仕事である。さらに、今回のように、深夜の工事、顧客や天候など諸事情に左右されながらも工期を遵守するなど、竣工を迎えるまでには多くの困難が待ち受けている。しかし、それでも建築物を一番身近に感じられ「誰もが経験できない達成感と感動」を得られるのは、施工管理という職業をおいて他にないのではないだろうか。
※記事中のデータ、人物の所属・役職は掲載当時のものです。
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プロフィール かわまたけいいちろう。1975年埼玉県上尾市生まれ。早稲田大学大学院を卒業後、建築技術職として2000年に(株)竹中工務店に入社。金沢21世紀美術館をはじめ様々な現場で施工管理を経験。そして2006年12月に、東京本店管轄である東京タワー作業所に施工管理として配属。今回で9回目となる東京タワー塔体塗装を手掛けた。
東京タワーオフィシャルサイト
http://www.tokyotower.co.jp/
インタビュー中、終始笑顔の川俣さん
現場の総指揮官として、総勢70名以上の職人の安全を守り、最高の施工品質を実現するのが川俣さんのミッションだ
まだ作業用の足場がみえる。この足場が丸太だったとは!
作業中の職人の眼下に広がる景色からも、その高さが伺える
塗装面積94000平方メートル、ペンキの量は33000リットルに及ぶ
吊り足場の丸太総数は実に1万本以上。塔体塗装の開始から45年。脈々と受け継がれた伝統の架設法である