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「働く」建設WALKER×日刊建設工業新聞社

2008年12月19日

壁画家

松井 エイコ氏 第2回

松井エイコさんが壁画家の道に入って25年。作品数は国内外で130作を超えています。インタビュー第2回目では、壁画家としての出発から制作中のエピソード、紙芝居との出会い、今後の創作活動の目標などをお伝えします。
取材・構成/日刊建設工業新聞

(前回からの続き)

ある日、一本の電話が。壁画を描く人を探していると聞いた瞬間、
「私がやります!」とこたえていた

私は、寺小屋学園で一人ひとりが人間らしく生きようと輝いている姿を見て、「絵を通して、本物の人間の美しさを一生追求していきたい」と願うようになりました。しかし、それを表す自分らしい方法が、見えない毎日が続いていました。

大学を卒業して1年ほど過ぎたころ、原宿にある児童書専門店のクレヨンハウスから一本の電話がかかってきました。店へとのぼる階段周りに壁画を描く人を探しているという内容で、その瞬間「私がやります!」と答えていました。

自分の人生にとって、大切なことは、心の奥底が一瞬で判断するのかもしれません。ところが、電話を切ってから、壁画をつくる方法を全く知らないことに気づいたのです。水彩画、油絵の教本は本屋さんにありますが、壁画のつくり方の本は見あたらないし、専門の学校もありません。

私は菓子折りを買って、知り合いの塗装屋さんを訪ね「壁画をつくりたいのです。そのための下地づくりの方法を教えてください」とお願いしたのが第一歩でした。実際に動きだすと、次の一歩に進みます。工事の現場監督さん、職人さんなど出会った人に話を聞き、学びながら、制作に取りかかりました。

当時はアクリル絵の具を使い、壁に直接描くという方法。壁に向かっていると、新しい未知な何かが見えてきそうな予感が胸にあふれ、夢中でした。その私を見て、クレヨンハウスは「納得いくまで描いてください」と言ってくれました。

2年かけて壁画が完成した時、私は「壁画は壁画にしかない世界がある。一生かけて壁画の仕事をやっていこう」と決めていました。この時、私は27歳。『壁画家』と肩書きを入れた名刺を初めてつくりました。

壁画家とは、人々が願っていることを見つけて刻む仕事

次に取り組んだのは、飯能市にある自由の森学園の壁画です。生徒に点数をつけず、一人ひとりの個性を育てる「自由と自立への教育」の理想をめざした中高一貫の学校で、校長先生は寺小屋学園の支援者でした。私は2年半かけて、生徒たちに制作過程を見てもらいながら、10代の人間の姿をアクリル絵の具で校舎4壁面に描きました。

最初に話かけてきたのは、髪形はリーゼント、背中に金の龍の刺しゅうが入った学ランを着ている少年です。「姉さん、不良は描かねえの?」と尋ねる、まっすぐな彼の目に私は答えました。「不良とかそういうことでなく、人間には『優しい』とか『寂しい』とかあるよね。私はその人間の中にあるものを引っ張り出して、人間の形にして描いているんだ」と。

すると彼は長い間、壁画を見つめた後、壁画の中の一人を指さし「じゃあ、おれはあいつだよ」と言いました。またある時、高1の少女が壁画の中のかがみこんでいる人間を指さし、「今の私はこの人と同じ。でも本当は、あの人みたいなエネルギーがほしい」と手足を広げる人を指さしました。

真剣に生きることを確かめようと、自分自身の内面と壁画の人物を重ね合わせる10代の人間たち。私は「壁画とは、そこに生きる人たちが本当に願っていることを見つけ、それを壁に刻む仕事なのだ」とつかみとりました。

自由の森学園の仕事の後、寺小屋学園を支えてくれた人たちの協力もあって、各地の公民館や図書館などで『松井エイコ壁画展』を開催していただきました。これをきっかけに、公共施設での壁画の仕事も依頼されるようになりました。

さらに30代の前半に、建築家の三上清一さん(1926−2007)に出会ったことで、世界が広がりました。三上さんは「あなたは、すごく一生懸命だね。人間をテーマにしているということはすばらしい。星の数ほどいる建築家の一人だけど、壁画家として歩んでいけるよう、あなたのために場をつくってあげよう」と。 (次のページへ)

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※記事中のデータ、人物の所属・役職は掲載当時のものです。

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